大判例

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仙台高等裁判所 昭和48年(う)133号 判決 1974年5月14日

主文

原判決中被告人ら有罪部分を破棄する。

被告人らはいずれも無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人菊地養之輔、同加藤康夫、同斎藤忠昭、同日野市朗、同生井重夫、同青木正芳および被告人全員連名の控訴趣意書ならびに右弁護人ら連名の控訴趣意書訂正申立書に各記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官平井太郎名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用して次のとおり判断する。

弁護人の控訴の趣意第一点について。

論旨は、公訴権乱用の本件公訴につき公訴棄却の裁判をなすべきにかかわらず事件の実体に入り被告人有罪の裁判をした原判決は不法に公訴を受理した誤りがあり、また弁護人の公訴棄却の主張に対する原判決の判断において、公訴権乱用の類型として二個の類型を掲げながら、そのうちの一つの類型に本件は該当しないと判示するのみで、他の類型すなわち原判決のいう「通常起訴される事案に比べて著しく軽微で、一見明らかに可罰的違法性を欠くか、これを欠くに等しいと認められるような事案につき、何ら起訴すべき特段の事情がないのに起訴された場合」に、本件が該当するか否かにつき何ら判示することなく公訴棄却の主張を排斥しているのは、明らかに判断を遺脱し、理由を附さない違法があり、いずれの理由によるも原判決は破棄を免れないというのである。

よって、検討するに、検察官の公訴提起といえども、一般の行政処分と同様憲法八一条の処分として、刑事訴訟法その他の諸法規のみならず憲法に適合するか否かにつき裁判所の審査を受け、被告人としても憲法三二条により右の審査を受ける権利があるところ、公訴提起自体が裁判所に対する行為であるから、特別の訴訟を要せず、当該受訴裁判所自らが右の審査を行い、公訴提起が憲法、刑事訴訟法その他の諸法規に違反し無効と認めるとき、例えば捜査における高度の違法は法定手続を保障する憲法三一条に、あるいは刑事訴訟法二四八条の認める検察官の裁量の範囲をこえ又は裁量を乱用しての公訴提起により受ける差別は法の下の平等を保障する憲法一四条一項に、それぞれ違反するものとして、公訴提起の手続の違法を理由に、刑事訴訟法三三八条四号により公訴棄却の判決をすべきものと考えられる。

そこで、本件につき、原審記録および当審審理の経過に基づき検討するに、本件公訴提起に、前掲例示の事由を含め違法の点は認められず、所論指摘の強制捜査の際の任意提出の形での領置、実在しない逮捕状発布の事実を告知しての被疑者の任意出頭の確保、選挙告示直前の逮捕起訴などの諸事情は、未だ本件公訴提起の適法性に疑を容れるに足るものではない。従って、本件公訴を受理した原判決の判断は結局正当である。

次に、理由不備の所論についてみるに、原判決はその理由において公訴事実につき有罪の判断を示し、可罰的違法性の存在を明らかに肯定しているのであって、原判文を通読すれば、原判決が本件公訴提起の所論指摘の類型に該当しないことをも判示しているものというべく、弁護人の主張に対する判断で特に明示の判示がないからといって、理由不備の違法があるとはいえない。

論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点について。

論旨は、原判示第一につき、被告人らの演説は、仙台市役所労働組合連合会(以下「市労連」と略称する)のオルグとして行なわれたもので、選挙演説をしたわけではないから、原判決は事実誤認により破棄を免れないというのである。

よって、検討するに、原判決認定にもあるように、仙台市に勤務する職員の大多数の者が加入している市労連は、昭和四二年一月上旬ころ、同月二九日施行の衆議院議員選挙において、宮城県第一区の候補者日本社会党委員長佐々木更三を市労連の推せん候補者として決定し、その旨をその機関紙等により、傘下の組合員およびその家族に周知させていたことは明らかで、また、≪証拠省略≫によれば、当時仙台市役所においては、就業時間内の職場オルグが慣行化し、市当局もこれを黙認しており、本件市民課における演説も、市労連の職場オルグ活動の一環として行なわれたものであることも認められるが、右被告人らの演説に、推せん候補決定の伝達があっても、候補者に当選を得させる目的をもってする投票を得るための直接または間接の勧誘、誘導の内容を兼有するものでない限り、公職選挙法一六六条一号に違反するものではない。そこで、原判決挙示の関係証拠に現われた被告人らの演説内容を見るに、被告人ら特にOが右許容限度を超え候補者佐々木更三への投票依頼の演説をしたとうかがわれる部分があり、原判示認定は一見肯認できないではないが、仔細に証拠を検討すると、証拠相互の関係においては、被告人らの演説内容に相違が認められるのみならず、被告人Oと被告人Sの演説の順序につきくいちがいもあり、また、同一証人の供述の前後においても演説内容の矛盾が認められ、更に、本件当時から三年後の公判廷の証言時における方が、本件当時から二、三ヵ月後の証人尋問調書作成時におけるよりも、同一人の記憶がはっきりしているとか、同一人が被告人一人の発言のみを記憶し他の被告人の発言について何ら記憶していないなどの不合理と思われる点もあり、なお、各証拠に現われた演説内容は断片的で系統的なものではなく、個々の発言が演説のどの段階でなされたのかも確認できず、発言の真意を誤りなく理解し難い面があるうえ、証拠全体を通じて明瞭な記憶に基づく正確さに欠ける点は否定し難く、供述者の推測や判断に亘る部分もあり、しかも、一般的にいって、行為や状態の記憶に比べ、言語の記憶は、発言者の意図も絡み、正確を期し難い面があるところ、本件オルグが選挙期間中に行なわれ、そこにおいて、賃金、ストライキ、春闘問題点に止まらず、政府、自由民主党を攻撃し、被告人ら支持の日本社会党は佐々木委員長を頂点にしてがんばっている旨の政治演説に加え、市労連が同党委員長佐々木更三候補者を推せんしていることを組合員に周知徹底させる趣旨の発言をすれば、演説者の真意がそうでない場合であっても、これを聞く者の方では、同候補者への投票依頼の選挙演説と受取る虞もありうることであり、他方、原判示事実に反する原審証拠および当審証言もあるのであって、≪証拠省略≫を検討するも、原判示のような被告人Oの選挙演説につき疑を存しつつも、これを確認するには確たる証拠を欠くものといわざるを得ず、また、被告人N、同Sの選挙演説ならびに被告人ら三名の間における事前あるいは現場の共謀を認めるには、これまた証拠不十分で、勤務時間内に、しかも、一般市民の出入りもある市民課において、選挙演説と疑われるような行為をした被告人らに対し、批判の余地は大いにあるものの、公職選挙法一六六条一号違反の犯罪事実を認めるのは結局困難というべく、本公訴事実は証明不十分として無罪の言渡をすべきである。

してみれば、原判決中第一に関する部分は、その余の控訴趣意につき判断を要せずして、事実誤認により破棄を免れない。論旨は理由がある。

同控訴趣意第三点について。

論旨は、原判示第二(一)(二)につき、被告人らは選挙演説をしていないから、原判示は事実誤認により破棄を免れないというのである。

しかし、≪証拠省略≫によれば、原判示事実を肯認することができるのであって、≪証拠省略≫をあわせ検討するも原判示認定を覆すに足りる証拠はない。事実に誤認ありとする論旨は理由がない。

同控訴趣意第四点について。

論旨は、公職選挙法一六六条一号は憲法二一条および二八条に違反し無効であるから、これを適用した原判決は破棄を免れないというのである。

しかし、憲法二一条は、絶対無制限の表現の自由を保障しているものではなく、公共の福祉のため必要ある場合には、その時、所、方法等につき合理的制限のおのずから存するものであることは、最高裁判所大法廷判決の明らかにするところであって、公職選挙法一六六条一号は、国、地方公共団体等の所有しまたは管理する建物(公営住宅を除く。)における選挙に関するすべての言語活動を一律に制限しているのではなく、そのうちの選挙運動のためにする演説および連呼行為のみを禁止し、また、右建物における演説についても、同法一五二条、一六〇条の二の立会演説会または一六一条の規定による個人演説会を開催する場合を除外しているのである。そして、同法一六六条一号の列挙する建物は、本来公の目的に利用されるべきものであって、その他の用途に使用されるべきものではなく、また、当該場所において行なわれる職務は、多かれ少なかれ直接または間接に公共性が認められ、政治的中立性を要請される性質のものであることにかんがみれば、公職の選挙につき右のような建物を自由に使用して選挙運動のためにする演説および連呼行為をすることを無制限に容認するときは、選挙運動に不当の競争を招き、当該場所の本来の目的をそこない、その平穏を害して公共の事務の処理を阻害するおそれがあり、また、国または地方公共団体等の有する職務の公共性、中立性に対する国民の信頼をそこなうおそれがあり、これがため、かえって選挙の自由と公正を害する結果をきたすことになるので、同号は、かかる弊害を防止するため、前記のように場所を限り、選挙運動のためにする演説および連呼行為につき一定の規制をしたものと考えられるのであって、選挙の自由と公正を旨とする公職選挙法のもとにおいて、右の程度の規制は、やむをえないものであり、憲法二一条の保障する表現の自由に対し、公共の福祉のため許された制限と解することができる。

また、公職選挙法一六六条一号によって禁止される演説等の行為は、憲法二八条の保障する勤労者の団結する権利および団体交渉その他の団体行動をする権利には該当せず、もとより憲法二八条の保障するところではない。

それ故、公職選挙法一六六条一号は憲法二一条および二八条に違反しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第七点について。

論旨は、公職選挙法一四二条は憲法二一条に違反し無効であるから、これを適用した原判決は破棄を免れないというのである。

しかし、公職選挙法一四二条が憲法二一条に違反しないことは最高裁判所大法廷累次の判決により明らかなところである。論旨は理由がない。

同控訴趣意第九点について。

論旨は、本件文書は公職選挙法一四二条の禁止する文書に該当しないから、これを適用した原判決は破棄を免れないというのである。

しかし、公職選挙法一四二条にいう選挙運動のためにする文書の意義および本件文書が同条の文書に該当するとした点についての原判決の判示は正当である。論旨は理由がない。

同控訴趣意第一〇点について。

論旨は、原判示各事実は可罰的違法性を欠き無罪であるから、原判決は破棄を免れないというのである。

よって、先ず第二の各事実につき検討するに、被告人らの演説が行われた宮城県スポーツセンターは、昭和三九年宮城県条例第五四号県営体育館条例および同年宮城県教育委員会規則第六号宮城県スポーツセンター管理規則により、その使用が広く一般に開放されている建物で、必ずしもスポーツのみに利用されているものではなく、昭和四一年度の使用状況を見ても、総使用件数九三〇件のうちスポーツは二八〇件で、残りは催しや興業などの各種行事のために使用されていて、プロレス大会、歌謡ショーといったものから、愛知揆一後援会、創価学会幹部会といったものもあり、市役所などの公務が執行される建物に比べ、公共的性格の薄い建物であることが認められるうえ、同所で開催された仙台市職員家族慰安会は、仙台市に勤務する全職員で構成される仙台市職員文化体育会の主催により、例年主として市職員およびその家族を招待して行なわれる慰安会で、開催日が原判示日時になったのは、興業側の都合で選挙と関係なく以前に定められていたことであり、同会の開会にあたっては、市長と市労連委員長が挨拶することが慣例となっていたところ、当日は委員長不在のため急遽午前の部は会場に来ていた市労連書記長である被告人Gが委員長代理として挨拶に立ち、午後の部については、同被告人の連絡により組合書記局にいた市労連副委員長である被告人Sが呼び出されて同様の挨拶をするに至ったもので、被告人らの挨拶が当初から特に予定されていたわけではなく、約五分間の被告人らの各挨拶の最終において原判示のような短い投票依頼の発言があったに過ぎず、挨拶を聞いた者の中には、その内容について記憶のない者もいる位で、右演説により慰安会の運営に支障が出たこともなく、演説の相手方も大多数が市職員およびその家族であるなど、本件建物の性格、慰安会の性質、被告人らが挨拶するに至った経過、挨拶の内容、その相手等一切の事情を、前記控訴趣意第四点において説示の公職選挙法一六六条一号の法意に照らし考察するならば、被告人らに対する勇み足の謗りは免れ得ないものの、原判示第二の各所為の同条号法益侵害の程度は軽微というべく、これに対し刑罰を科さなければならない程の違法性があるとは認め難い。

次に第三の事実について検討するに、市労連は、毎年仙台市職員家族慰安会の参加者に対し、春闘、年末闘争、あるいは政治問題など時局の問題点を取上げた文書を頒布するのを例としていたところ、昭和四二年一月二〇日ころ開かれた傘下各組合の書記長会議(被告人Hは欠席)で、今回の慰安会での頒布文書の内容をどのようにするかを討議し、折から衆議院議員選挙も間近であるため同選挙に関係したものとすることとし、宮城県労働組合評議会の指示を受け違法でないとの判断の下に本件文書の内容を定め、同月二六日ころ印刷業者に一三、〇〇〇枚を代金一枚一円で印刷させ、組合員を動員してこれを頒布することにし、被告人らは、本件文書を頒布当日になって手渡され始めてその内容を見るに至ったもので、被告人らは本件文書の内容決定に参加したわけではなく、頒布を受けた者の大多数は仙台市職員およびその家族という限定された範囲内であるうえ、本件文書は、見出しとして「1月29日は衆議院議員の投票日です忘れずに投票しましょう」「私たちの一票で腐敗と汚職の黒い霧を追払おう!!」と記載され、二一行よりなる本文の前段において今回の総選挙の意義を説き、後段において棄権しないようよびかけるもので、末尾四行目から三行目にかけて「力強い清新な政治を築き、国民の手にとり戻すため、市労連の推せんする候補者に家族揃って投票しましょう」と記載されているにとどまり、被告人らを含め本件文書を見た者の供述の多数が棄権防止の文書と理解したとあることからも明らかなように、文書の外形内容自体からは、主として棄権防止を目的とする趣旨の文書であることが認められ、更に右投票依頼の文言自体には候補者の氏名等の記載がなく、文書自体からはこれを知ることができないのであり、頒布を受ける者が特定の組織に所属するなどの事情が加わってその候補者が誰であるかを推知し得る形式の記載であって、本件事実を現認した警察官も本件文書頒布の制止または警告等の態度に出ていないなど、本件文書の性質、文書作成の経過およびその費用、被告人らの役割、頒布の相手等一切の事情を、選挙の適正公平の確保を目的とする公職選挙法一四二条の法意に照らし考察するならば、被告人らの軽率を否定できないものの、原判示第三の所為の同条法益侵害の程度も軽微というべく、これに対し刑罰を科さなければならない程の違法性があるとは認め難い。

してみれば、原判示第二、第三の各事実については、いずれも可罰的違法性が認められないから無罪の言渡をすべきところ、これと異なる原判決は、被告人らの所為の評価を誤り、もって適用すべからざる刑罰法規を適用したもので、その余の控訴趣意につき判断するまでもなく、法令適用の誤りにより破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条三八二条三八〇条により原判決中被告人ら有罪部分を破棄し、前記控訴趣意第二点および第一〇点において説示の理由により、同法三三六条を適用して被告人ら全員に無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 清水次郎 渡邊公雄 裁判長裁判官恒次重義は退官につき署名押印することができない。裁判官 清水次郎)

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